大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 平成7年(ワ)2321号 判決

原告

甲野太郎

被告

京都弁護士会

右代表者会長

松浦正弘

右訴訟代理人弁護士

安保嘉博

小川達雄

三谷健

吉川哲朗

藤井正大

山﨑浩一

佐渡春樹

被告

坂本正寿

被告兼右訴訟代理人弁護士

川中宏

被告

崎間昌一郎

川瀬久雄

岡田美保子

被告兼松室としえ、松室庄一及び松室美代子訴訟代理人弁護士

河本光平

被告

桑嶋一

古家野泰也

坂田均

佐賀千惠美

柴田定治

髙木清

田中彰寿

中村和雄

彦惣弘

吉田薫

渡辺馨

右一五名訴訟代理人弁護士

莇立明

坂元和夫

植松繁一

被告

大谷哲生

右訴訟代理人弁護士

大谷眞帆子

被告

松室としえ

松室庄一

松室美代子

被告兼松室としえ、松室庄一及び松室美代子訴訟代理人弁護士

中島俊則

主文

一  原告の被告崎間昌一郎、被告川瀬久雄、被告岡田美保子、被告桑嶋一、被告古家野泰也、被告坂田均、被告佐賀千惠美、被告柴田定治、被告髙木清、被告田中彰寿、被告中村和雄、被告彦惣弘、被告渡辺馨、被告河本光平、被告吉田薫、被告大谷哲生、被告中島俊則、被告松室としえ、被告松室庄一、被告松室美代子に対する請求は、その訴えをいずれも却下する。

二  原告の被告坂本正寿及び被告川中宏に対する請求をいずれも棄却する。

三  原告の被告京都弁護士会に対する請求は、そのうち、第一項の被告らに対する請求にかかる不法行為を前提とする部分について、その訴えをいずれも却下し、第二項の被告らに対する請求にかかる不法行為を前提とする部分については、その請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はすべて原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、原告に対し、各自、金一〇〇万円及びこれに対する、被告京都弁護士会については平成七年九月二六日から、被告大谷哲生(以下「被告大谷」という。)についは同年一一月一七日から、被告松室としえ(以下「被告としえ」という。)については同年一二月四日から、その余の被告らについては同年一一月一六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告河本光平(以下「被告河本」という。)、被告吉田薫(以下「被告吉田」という。)、被告大谷、被告中島俊則(以下「被告中島」という。)、被告としえ、被告松室庄一(以下「被告庄一」という。)及び被告松室美代子(以下「被告美代子」という。)(以下、被告としえ、被告庄一及び被告美代子を「被告懲戒請求人」といい、以上七名を併せて「被告懲戒請求人ら」という。)は、原告に対し、各自、金一〇〇万円及びこれに対する、被告大谷については同年一一月一七日から、被告としえについては同年一二月四日から、その余の被告らについては同年一一月一六日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告京都弁護士会(以下「被告弁護士会」という。)に所属する会員の弁護士である原告が、被告弁護士会の綱紀委員会で原告を懲戒に付するのを相当とする旨の議決をしたことなどに関し、弁護士会、弁護士会長、綱紀委員会の委員、懲戒請求人らに対し、各不法行為に基づく損害賠償として、一〇〇〇万円のうちの一〇〇万円、及び懲戒請求に関し、懲戒請求人らに対し、同じく一〇〇〇万円のうちの一〇〇万円、並びにそれぞれにつき本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  (争いのない事実等)

1  当事者の地位等(争いがない。)

(一) 原告は、被告弁護士会に所属する会員の弁護士である。

(二) 被告弁護士会は、弁護士法に基づき設立された法人であり、その機関として綱紀委員会を設置している。

(三) 被告崎間昌一郎(以下「被告崎間」という。)、被告川瀬久雄(以下「被告川瀬」という。)、被告岡田美保子、被告河本、被告桑嶋一、被告古家野泰也、被告坂田均、被告佐賀千惠美、被告柴田定治、被告髙木清、被告田中彰寿、被告中村和雄、被告彦惣弘、被告吉田及び被告渡辺馨(以上一五名を併せて「被告綱紀委員会委員」という。)は、被告弁護士会に所属する会員の弁護士であり、平成五年一一月一九日から平成七年一一月一八日までの間における綱紀委員会(以下「本件委員会」という。)の委員であった。そして、被告崎間が同委員会の委員長、被告川瀬が同副委員長を務めていた。

(四) 被告坂本正寿(以下「被告坂本」という。)は平成五年四月一日から平成六年三月三一日までの間、被告川中宏(以下「被告川中」という。)は平成六年四月一日から平成七年三月三一日までの間、それぞれ被告弁護士会の会長であった(以下、被告坂本及び被告川中を併せて「被告弁護士会長ら」という。)。

(五) 被告大谷は、現在は大阪弁護士会に所属する弁護士であるところ、平成五年七月一三日当時には、被告弁護士会に所属する会員の弁護士であった。

被告中島は、被告弁護士会に所属する会員の弁護士である。

2  事実経過(被告らの一部との間では争いのないほか、その余の被告らとの関係では弁論の全趣旨により認められる事実)

(一) 被告河本は、被告としえの訴訟代理人として、原告に対し、平成五年四月一二日、京都地方裁判所に預託金返還請求訴訟(平成五年(ワ)第九〇八号)を提起し、被告中島も、平成六年七月二六日、右訴訟事件における被告としえの代理人になった。被告吉田及び被告大谷は、平成五年七月一三日、訴外松室春智(以下「春智」という。)の遺言執行者として、原告に対し、同裁判所に受取金引渡等請求訴訟(平成五年(ワ)第一八四八号)を提起した(以下、右両事件を併せて「別件訴訟」という。)。

(二) 被告としえ、被告庄一及び被告美代子は、平成六年二月一五日、被告弁護士会に対し、原告の懲戒を求める請求を行った(以下「本件懲戒請求」という。)ところ、被告坂本は、同月二一日ころ、本件委員会の右請求にかかる一件記録中の決裁等用紙の「意見等」の欄に「急 綱紀委へ回付。その後直ちに懲戒委へ。除斥期間注意!資料A〜Eは理事者室にあり。」と記載し(以下、右記載を「本件記載」という。)、本件委員会に対し調査請求を行い、本件委員会は、平成六年綱第四号事件(以下「本件懲戒事件」という。)として調査を行った。その際、被告河本は、同年八月一日、本件懲戒事件につき本件委員会の委員を回避した。

本件委員会は、平成六年九月五日、主文を「被請求人(原告)を懲戒に付するを相当とする。」とする議決(以下「本件議決」という。)をした。そして、その理由は、原告が、①春智から訴訟代理権の授与なく、春智の訴訟代理人として、訴外藤井冨美子(以下「冨美子」という。)外三名に対し、平成三年九月三〇日、右京簡易裁判所に管理料支払請求訴訟(平成三年(ハ)第一三三号、以下「D事件」という。)を提起し(以下「第一事由」という。)、②D事件において、同年一二月三日、春智から民事訴訟法八一条二項の特別授権を受けることなく、冨美子らとの間で裁判上の和解を成立させ(以下「第二事由」という。)、③同日、春智の同意・承諾によらず確約書による財産処分の確認及び財産処分を行い(以下「第三事由」という。)、④D事件の相手方である冨美子から報酬を受ける契約をした(以下「第四事由」という。)として、右第一事由ないし第三事由が、いずれも弁護士法五六条一項所定の非行に該当し、第四事由も同法第二六条に違反するとしたことによるものであった。

二  (争点)

1  本件訴えの適否

(一) (被告弁護士会、被告弁護士会長ら、被告綱紀委員会委員の主張)

(1) 弁護士法は、弁護士に対する懲戒処分決定権限を弁護士会の懲戒委員会に与えており、懲戒委員会は、弁護士会に設けられた一機関であるが、弁護士会内部においては弁護士会の他の機関から独立した機関であり、弁護士会はその判断に拘束される。そして、原告が本訴で主張している事項の当否については、懲戒事由の存否のみならず、綱紀委員会における手続の適法性についても、第一次的に被告弁護士会の懲戒委員会が判断すべきであり、現在、同委員会で審査中である。したがって、被告弁護士会及び弁護士会長が懲戒事由の存否についての判断をすることはできず、同様に、裁判所も現時点でその当否について判断することはできない。

(2) 綱紀委員会での調査及び懲戒相当の認定は、懲戒権者たる弁護士会の意思形成過程における内部的予備的行為にすぎず、同委員会の認定が懲戒委員会の判断を拘束する効力を持つものでもない。

(3) さらに、そもそも弁護士会の所属弁護士に対する懲戒権限行使結果の適否の問題は、弁護士法によって高度の自治権が与えられている弁護士会の専権的審判事項に属し、弁護士法によって審査請求、裁決の取消の訴え等を含め終局的な解決の方法が法定されているところであるから、同法で定められた方法による以外は、司法判断の対象になじまない事項である。

(4) ところで、本件訴訟では、被告弁護士会懲戒委員会が現に審査中の事件につき、綱紀委員会の調査・議決の手続的違法性を前提に、不法行為を理由として損害賠償請求に及んでいるところであって、前記のとおり、司法審査の対象になじまない事項が訴訟の帰趨を左右する必要不可欠の前提問題となっている。

(5) したがって、本件訴訟は、その実質において、司法審査になじまない事項について司法判断を求め、かつ、法令の適用による終局的な解決の不可能なものであって、法律上の争訟性を有せず不適法である。

(二) (被告懲戒請求人らの主張)

弁護士に対する懲戒事由存否の審理は、所属弁護士会の綱紀委員会及び懲戒委員会に委ねられているところ、弁護士会の自治権を最大限に尊重するため、弁護士法上、裁判所が審査できる場合は限定されている。かかる法の趣旨からすると、通常の裁判手続においては、それが給付訴訟の形態をとったとしても、少なくとも懲戒手続の係属中に当該懲戒事由の存否を審理することになれば、弁護士会の懲戒手続に影響を与え、弁護士会の自主・自律権を侵すことになる。したがって、事柄の性質上、司法審査に適しない事情があるといえる。

懲戒事由存否の判断のためには、事実を確定して法を適用するにとどまらない事情をも検討する必要があり、裁判所の判断に適さないものがある。弁護士法六二条に基づく東京高等裁判所における審理も裁決の違法性の有無が対象になり、懲戒事由存否のみがその対象になるわけではない。したがって、本件訴訟によったとしても紛争が法令の適用によって終局的に解決できるものではない。結局、本件訴訟は法律上の争訟性を有せず不適法である。

(三) (原告の反論)

綱紀委員会の議決は、その後の懲戒委員会の審議開始の要件となるものの、懲戒委員会の議決とは全く独立のものである。そして、懲戒委員会は、綱紀委員会の手続の違法・違憲性を審査せず、専ら懲戒事由の存否のみを審査するところ、本件訴訟の争点は、懲戒委員会が判断しうる固有の審査対象である懲戒事由の有無ではなく、その審査とは別個の綱紀委員会の審査手続自体の違法・違憲性(憲法一三条、三一条違反)の有無である。したがって、その違法・違憲性は、懲戒委員会における懲戒事由の有無の審査とは関係なく判断できる。

また、出訴を禁止する規定がない以上、裁判を受ける権利に基づいて出訴ができる。弁護士法が弁護士会に付与した懲戒処分の権限といえども、無制限のものではなく、憲法保障の実現のために弁護士自治があるので、憲法に羈束される。したがって、少なくとも綱紀委員会の議決の憲法違反が問題とされる事案については、憲法保障の観点から裁判を受ける権利が保障されなければならない。

本件訴訟は、本件議決の取消を求めるものではなく、別個に損害賠償を求めるものである。各種訴訟の違法性には、相対性があるから、憲法上の裁判を受ける権利が訴訟法により具体化した処分権主義の見地から、損害賠償請求訴訟のみを提起することは当然可能である。

2  被告ら全員に対する請求(請求の第一項)について

(一) 本件議決及び本件記載についての不法行為の成否・違法性の有無

(1) 本件議決の違法性(原告の主張)

ア 思想弾圧等の目的

原告は、暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律(以下「暴対法」という。)が憲法違反であると主張して訴訟活動を行っているところ、被告弁護士会は暴対法につき沈黙ないし容認している。また、被告弁護士会が原告に対し平成五年一一月二九日にした懲戒処分は、懲戒委員会の委員が暴対法を合憲と主張する者で占められ、また、同委員であった山本浩三弁護士から、平成四年六月二二日、同人に対する忌避権行使を断念させようとする不当な干渉を受ける中でされたものであった。そして、被告弁護士会には、警察権力が肥大化することを容認し、公然と暴力団差別を行う思想の持ち主が多く、被告らもその支持者であるところ、原告は、このような思想と対極した見解を持ち、弁護士会の反人権的・権力的志向を批判してきた。そのため、本件懲戒事件は、このような状況で原告の活動及び思想を弾圧する目的でされたものである。

イ 調査・内容の違法性

本件議決には、以下のとおり、事実誤認、法令解釈の誤り、審理不尽等があるほか、そもそも懲戒理由及び議決理由が存在しないから、調査及び内容に違法がある。

a 懲戒理由の不存在

第一事由の訴訟提起の権限は、原告と春智間の昭和五九年七月一二日付公正証書における「法律上ないし事実上の処分、管理及びこれらに関する一切の行為をなすことを包括して委任し、その代理権を授与する」との合意に基づくものであり、これは包括的管理権及び代理権の委任を意味し、右「法律上」の中には、訴訟提起等の訴訟行為も含まれ、これに伴う委任状等の書面を本人に代わって作成する権限をも含むものである。ところが、綱紀委員会は、任意代理が個別代理に限定されるという誤った解釈に基づいて判断している。

第二事由の訴訟上の和解は、訴訟物以外の権利にも及ぶので、直接春智の授権に基づいて行う必要があり、また、第三事由の財産処分の確認のためにも、原告は、平成三年一一月一三日、訴訟上の和解の前に石川県加賀市所在のホテル百万石において、春智の意思が同年一二月三日の訴訟上の和解及び確約書による財産処分と同一であることを確認するなどして、右和解の前後数回にわたり春智の意思を直接確認し、その意思に基づく処分授権を受けていた。

第三事由の贈与や第四事由の報酬約束も、春智の意思に基づいて、春智の包括代理人である冨美子から、原告と春智との間で合意したものを履行し、報酬を受けたにすぎない。

したがって、原告の行為は、弁護士業務として正当なものであり、懲戒事由は存しない。

b 調査手続の違法性

第一事由について、本件委員会委員の中には包括管理権及び代理権に訴訟代理権が含まれないとの見解をとる者がいたとしても、原告が争っているのであるから、本件委員会としては、法令解釈の可否を十分検討すべき義務があり、そのための法的鑑定の必要性もあったところ、少なくとも、原告の意見及び専門家の意見を聴取すべきであったのに、それをもしなかったのは審理不尽である。また、本件委員会が、春智の生活歴の諸事情と経緯につき調査をしていれば、訴訟代理権の授権が包括委任時になされていたことを明らかに認識できたはずなのに、被告懲戒請求人らの説明を鵜呑みにして、調査を行っておらず審理不尽である。

第二ないし第四事由についても、原告との面談調査、照会、求釈明及び冨美子からの事情聴取等をすべきであったのに、これらの調査を全く行っておらず、審理不尽である。

ウ 除斥期間(弁護士法六四条)経過による利益の侵害

懲戒手続開始のためには、弁護士法六四条所定の除斥期間内に懲戒委員会の審査手続が開始されていなければならないところ、第一事由の除斥期間は平成六年九月二七日までであり、第二ないし第四事由の除斥期間は同年一二月三日までであった。ところで、本件議決は、同年九月五日にされて、第一事由の除斥期間に間に合うようになされたものである。しかし、第一事由につき、原告に不利益な議決をする以上、慎重な調査をするためにある程度の調査期間が必要であるところ、法的な鑑定などの必要な調査をしないまま議決され、また、第二ないし第四事由については、第一事由と同時に議決しなければならない必要性も緊急性もないのに、本来されるべき調査をせず議決された。

(2) 被告綱紀委員会委員の行為の違法性

(原告の主張)

ア 被告綱紀委員会委員は、手続の違法を知りながら、原告に不利益な処分を受けさせることを目的とする謀議を行い、職務を公正かつ適正に行使すべき義務を故意又は重大な過失により怠り、事実誤認、法令解釈の誤り、審理不尽、適正手続違反などの違法事由のある本件議決を行った。

被告綱紀委員会委員は、被告河本が回避したものの、実質的に被告としえの代理人として本件懲戒事件に関与したことを容認・奨励し、かつ、被告吉田に回避を勧告しなかった。そして、被告綱紀委員会委員がこれらの違法を知りつつ、積極的に参図した本件委員会の手続は、原告に意見聴取の機会を与えず、告知聴聞の権利や忌避権を行使する機会も奪ったので、憲法一三条、三一条の適正手続に反している。

イ 公務員の免責は、憲法上明文規定がなく、憲法一四条に反する。

綱紀委員会の委員は公務に従事する公務員とされておらず、これを拡張解釈することは違憲である。

さらに、被告河本及び被告吉田は、本件委員会委員としてではなく、被告としえの別件訴訟における訴訟代理人又は遺言執行者として行動し、とりわけ、被告河本においては、被告としえの代理人又は使者として、本件懲戒請求の書面の提出その他事務連絡等の処理について、本件委員会の手続に関与していた。ところが、その外の被告綱紀委員会委員も、被告河本の行為を黙認し、積極的に要請していたところである。このような犯罪行為と同視しうる行為につき公務員免責を認めることはできない。

(被告綱紀委員会委員の主張)

ア 本件委員会の認定した懲戒事由の存否について、裁判所は審理することができないから、結局、原告の主張事実は立証できないことになる。

なお、被告河本及び被告吉田は、本件懲戒事件につき、本件委員会の委員として関与していない。

イ 弁護士会は、国家賠償法一条にいう「公共団体」であり、弁護士会が所属弁護士に対して行う懲戒処分は公権力の行使としてされるものである。綱紀委員会は、右懲戒権行使の一端を担う機関であり、その行う調査は公権力の行使の一連の手続の中にあり、これも公権力の行使に当たる。したがって、右調査に従事する同委員会の委員長及び委員は、「法令によって公務に従事する職員」とされ、国家賠償法一条にいう「公権力の行使に当たる公務員」に該当する。そして、原告が主張する被告綱紀委員会委員が行ったとする違法行為は、本件委員会の委員長及び委員の懲戒権行使に関する職務行為であり、公共団体の公権力の行使に当たる行為に該当する。その上、被告綱紀委員会委員に対する本訴請求は、原告が民法四四条によるとの主張をしたとしても、それは原告の法律上の意見にとどまり、裁判所を拘束するものではない。そうすると、右請求は国家賠償法一条に基づく請求であるから、公務員個人の直接責任は排除され、失当である。

(3) 被告弁護士会長らの行為の違法性

(原告の主張)

ア 弁護士会の懲戒権の行使は、弁護士法に基づくものであって、その会を代表する会長の一般的権限に属する事項である。弁護士会長は、会務を適正かつ公平に遂行させる義務があるため、弁護士法により公務員とみなされる。したがって、弁護士会長が会務の適正かつ公平を害する行為をなすことは許されず、仮に前任者による右行為があるときは、後任者において適正かつ公平にされるように勧告し、あるいは、これを是正すべき措置をとる義務があるといえる。

イ ところで、被告坂本は、本件懲戒請求の六日後である平成六年二月二一日、本件委員会の一件記録中の決裁用紙の意見欄に本件記載をし、本件委員会に懲戒を相当とする議決を直ちに行い、かつ、懲戒委員会で同様の審理及び議決を行うことを指示した。被告坂本の右指示は、自己の権限を逸脱して本件委員会の公正であるべき調査を違法に侵害し、原告の防御を無力化することを目的としたものである。

ウ そして、被告川中は、その会長の任期中に本件議決がなされたところ、その以前に前任者の被告坂本から会務事務を承継した際、被告坂本の違法な指示に気付いていながら、これを単に除斥期間に意味があるにすぎないと軽率に判断し、この重大な違法措置についての調査・是正等をする義務があるにもかからず、何らの措置をなさず、違法な審議及び議決がされることを放置ないし教唆し、かつ、これを知りうべきであったのに、重大な過失により放置した。

エ また、被告川中は、原告から提出された平成七年三月二〇日付の改善要求書により、被告坂本及び本件委員会委員の非行が指摘されて調査・改善を要求されたことにつき、原告に対し、同月三〇日付回答書で、調査・改善の必要性を認めず、被告坂本の指示が「除斥期間に注意」との意味にすぎず違法な意図はなかった旨回答した。しかし、被告川中には、弁護士会長として、前会長の現職時の不祥事の疑惑を否定して調査を行わず、文言上は違法な指示でありながら、これを否定して、独断的な回答をするまでの権限はなかった。右調査を行わない不作為は違法であり、根拠もなく被告坂本の指示が適法であるとの判断を表明したことも、懲戒委員会の審査権を侵害するとともに、原告の防御権を侵害して、違法である。

オ 公務員免責は、憲法に規定がなく、憲法一四条に反する。

弁護士会長は、綱紀手続を含む懲戒手続についての権限を有していないので、法令によって公務に従事する公務員とみなされても、その公務は公権力の行使ではない。

被告坂本は、綱紀委員会の調査に関与できないにも関わらず、予断を持って本件委員会の調査に関与したものであるから、弁護士会長としての固有の職務執行をしたものとはいえない。

(被告弁護士会長らの主張)

ア 裁判所は、前記1(一)の主張と同じく、懲戒事由の存否に対して審査することができないから、本件訴訟の法律上の争訟性がないばかりでなく、仮に争訟性を前提にしても、原告の主張自体失当である。

イ 被告坂本の本件記載は、本件懲戒請求についての調査を請求するに当たり、弁護士会長及び副会長の決裁状況を記載したものであって、内部文書であり、綱紀委員会への指示文書ではない。被告坂本は、本件懲戒請求の対象事実の一つの除斥期間が間近に迫っていたため、早急に綱紀委員会の調査を請求することとし、その結果によっては、除斥期間内に懲戒相当の議決がなされることにより懲戒委員会の審査を請求しなければならない事態となるため、弁護士会長及び同副会長などの理事者らに注意を喚起する目的で記載したにすぎない。

ウ 弁護士会は、国家賠償法一条にいう「公共団体」であり、弁護士会が所属弁護士に対して行う懲戒処分は公権力の行使としてなされるものである。弁護士会の会長が所属弁護士についての懲戒請求を受けたときに綱紀委員会に調査を命じることは公権力の行使に当たる。また、弁護士会長が弁護士会を代表して所属弁護士に対して行う指導、連絡及び監督に関する事務も公権力の行使としてされるものである。したがって、これらの職務に従事する弁護士会長は、弁護士法上「法令によって公務に従事する職員」とされ、国家賠償法一条にいう「公権力の行使に当たる公務員」に該当する。原告が違法と主張する被告弁護士会長らの行為は、公共団体の公権力の行使に当たる行為に該当するから、国家賠償法一条が適用され、公務員個人の直接責任は排除されるので、本件請求には理由がない。

(4) 被告弁護士会の損害賠償義務の存否

(原告の主張)

被告弁護士会は、被告弁護士会長ら及び被告綱紀委員会委員がその職務を行うについてなした不法行為につき、民法四四条一項に基づき、損害賠償責任を負う。

(被告弁護士会の主張)

ア 裁判所は懲戒事由の存否について審査することができないから、結局、この点に関する原告の主張の立証ができないことになる。

イ 前記(3)の被告弁護士会長らの主張のイと同じ

(二) 本件懲戒請求に始まる共謀等による共同不法行為について

(原告の主張)

(1) 被告坂本は、被告としえ、被告庄一、被告美代子、被告河本、被告吉田と共謀して原告を誣告しようと企て、又は、本件懲戒請求が違法であることを知りながら利用する意図で独自に誣告することを企て、本件記載を行って本件委員会に指示した。被告坂本が懲戒請求後早期に予断を抱いたことから懲戒請求人らとの事前共謀が推認できる。

(2) 被告崎間は本件委員会の委員長として、被告川瀬は同委員会の副委員長として、被告坂本の指示を受けて、この指示を受け入れ、又は、被告坂本と共謀して、本件委員会での調査・議決を行った。

(3) 被告川中は、弁護士会長就任後、これらの事情を知りながら、違法な右指示を是正する措置をせず、違法な調査・議決がなされるのを放置ないし教唆し、又は、これを知りうべきであるにも関わらず、重大な過失により放置した。

また、被告川中は、本件議決後に、原告からの要求にも関わらず、その後の調査・改善を怠り、被告坂本の指示を根拠なく適法と判断して原告に通知した。

(4) 被告河本、被告吉田、被告大谷及び被告中島は、被告河本及び被告吉田において本件委員会に働きかけて除斥期間内に懲戒相当の議決がされるように企て、被告河本が被告としえの代理人として綱紀委員会に働きかけた。

(5) 被告綱紀委員会委員は、被告坂本らと共謀の上、違法な手続であることを知りながら、原告に不利益な処分を受けさせることを企て、職務を公正かつ適正に行うべき義務を故意又は重大な過失により怠り、前記のとおり違法な本件議決を全員一致で行った。

(6) 以上のように、被告坂本の違法な関与と、これに意を通じた被告綱紀委員会委員全員との共謀によって、本件懲戒事件につき本件議決がなされた上、その不正を隠蔽するために、被告川中会長による調査義務の不履行が重ねられるなどした一連の行為は、被告らの同時ないし承継的共謀による共同不法行為を構成する。

したがって、被告弁護士会も損害賠償義務を負う。

(三) 損害(原告の主張)

原告は、被告らの一連の包括的な連鎖的共同不法行為により、本件懲戒事件への応答を余儀なくされ、精神的苦痛を被った。そこで、原告の右精神的な苦痛を金銭に見積もれば、慰藉料は金一〇〇〇万円を下らない。

3  被告懲戒請求人らに対する請求(請求の第二項)について

(一) 不法行為の成否

(原告の主張)

本件懲戒請求は、別件訴訟を有利にするために、虚偽の事実に基づいてされたものである。

被告としえは春智が取得した不動産を弁護士会と不可分の関係にある法律扶助協会へ寄付して、本件懲戒請求に及んだので、本件議決も右利益誘導と連動している。

(被告懲戒請求人らの主張)

懲戒事由の存否について、裁判所は審査することができないか、又は差し控えるべきであるから、結局原告の主張事実の立証ができないことになる。

(被告懲戒請求人の主張)

本件懲戒請求は、冨美子が春智から預かった不動産売却代金三四億円を、その二年二か月後の春智死亡時には、一三〇万円の預金と三億円の価値しかない若干の不動産のみに減少させられたことにつき、その原因として原告の関与が別件訴訟の審理過程で明らかになり、これによりなされたものであるから、虚偽の主張ではない。

(二) 共同不法行為の成否

(原告の主張)

被告河本及び被告吉田は、本件委員会委員であったため、他の委員に働きかけることが可能であったところ、被告大谷とともに、被告としえ、被告庄一及び被告美代子を説き伏せて、全員の事前共謀により、本件懲戒請求を行い維持してきた。また、被告中島は、平成六年七月二六日、右共謀に事後的に荷担した。右共謀の成立は、被告河本が古くからの被告庄一の代理人であって、被告河本、被告吉田、被告大谷及び被告中島が虚偽の事実に基づく別件訴訟を提起し、又は関与したことから基礎付けられる。

(被告懲戒請求人の主張)

被告懲戒請求人は、自らの意思で本件懲戒請求を行ったものであり、他者との共謀はない。

(三) 損害(原告の主張)

原告は、懲戒請求人らの不法行為により、別件訴訟を含む対応を余儀なくされ、その応答に伴う精神的苦痛を被った。これを仮に金銭に見積もれば、慰藉料は金一〇〇〇万円を下らない。

第三  争点に対する判断

一  本件訴えの適否について

1  被告綱紀委員会委員に対する訴えについて

(一) 被告綱紀委員会に対する本件訴えは、要するに、被告綱紀委員会委員が本件委員会において本件懲戒事件を調査し、本件議決をした行為により、原告が精神的苦痛を被ったとして損害賠償を求めるものである。

(二) ところで、社会的係争であっても、その中には、紛争実態における事柄の性質上司法裁判権の対象とするになじまない事態も存するところであるから、かかる係争は法律上の争訟には当たらないというべきである。そして、法律制度上高度の自律権が保障されている団体内部の問題については、より上位の規範に触れる問題でない限り、団体の自治的措置に委ね、原則として司法判断を差し控えるべきものと解するのが相当である。

(三) 弁護士会は、弁護士がその使命として基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを求められるところ、その職務の性質にかんがみ、品位を保持して、弁護士事務の改善進歩が図られるように努めるため、弁護士の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とする法人であり(弁護士法三一条)、弁護士は弁護士会に所属する(同法三六条)ことにより所属弁護士会の監督に服すべき地位に立っている。弁護士に対する懲戒は、弁護士会において、その所属の弁護士について懲戒事由があると思料するとき、又は同法五八条一項に基づく何人からの懲戒の請求があったとき、弁護士会に置かれた綱紀委員会(弁護士たる委員で構成される。)にその調査をさせ(同法五八条二項)、同委員会がその調査により懲戒することを相当と議決したときは、弁護士会に置かれた懲戒委員会にその審査を請求しなければならないこととされ、その手続が段階的に順次定められている(同条三項、六五条二項)。そして、懲戒委員会は、弁護士、裁判官、検察官及び学識経験者らによって構成されるところ(同法六九条、五二条三項)、審査の期日を審査を受ける弁護士に通知し、当該弁護士は審査期日に出頭し、かつ、陳述することができる(同法六七条)。その上で、弁護士会は、右懲戒委員会の議決に基づいて懲戒処分を行う(同法五六条二項)。さらに、所属弁護士会から懲戒処分を受けた弁護士は、日本弁護士連合会(以下「日弁連」という。)に行政不服審査法による審査請求をすることができ(同法五九条、六五条、六九条、五二条三項)、この審査請求に対する裁決は、弁護士、裁判官、検察官及び学識経験者らによって構成される(同法六九条、五二条三項)日弁連の懲戒委員会の議決に基づいてされ(同法五九条)、右審査請求が却下又は棄却されたときは、日弁連を被告として、東京高等裁判所に行政事件訴訟法による日弁連の裁決の取消しの訴えを提起するとができる(同法六二条)。

(四) 右規定の趣旨とするところは、弁護士には、その職務の公共的性格に基づき、職務執行の誠実性と品位の保持が強く要請されているため、これに反する非行がなされた際の手当として、懲戒制度が設けられたことにある。そのため、弁護士の懲戒は、公権力の行使として行われる制裁であって、公益的性質を有する行政処分であるとされる。もっとも、基本的人権の擁護と社会正義の実現という弁護士の使命を実現するため、弁護士には、ときとして裁判官、検察官に対する厳正な批判者たることが要請されることもあるため、弁護士会の自主性・自律性を尊重し、公の権能である懲戒権を弁護士に対する指導監督のための手段として弁護士会又は日弁連にのみ付与したことにもある。したがって、弁護士に対する懲戒権を持つのは、弁護士会及び日弁連だけであり、このような自主的懲戒制度は、国によって資格を付与される職種の中で他に例がない。

(五) 一方、懲戒は、弁護士の地位・身分などに直接の影響を及ぼすので、懲戒を受ける弁護士の立場を十分に配慮するための手続的な公正を担保するための制度も設けられたところである。その一環として、綱紀委員会による調査の制度があり、懲戒請求のあった場合に、直ちに懲戒委員会の審査を開始することにせず、根拠のない懲戒請求によっても当該弁護士が登録換又は登録取消の請求の制度を受ける(弁護士法六三条)などの不利益を受ける事態の生じることを避けるために、綱紀委員会の予備的な調査を行い、懲戒事由の存在が一応認められることを懲戒委員会の審査の前提要件とすることとされた。そして、綱紀委員会は、懲戒事由存否の調査、その他弁護士会の会員についての綱紀保持に関する事項をつかさどるために弁護士会に設けられた一機関である(同法七〇条二項)が、弁護士会内部においては、弁護士会の他の機関から独立し、その議決は弁護士会を拘束することとされ、懲戒相当の議決があれば、弁護士会は懲戒委員会に審査を請求しなければならない。しかしながら、懲戒処分は、懲戒委員会の判断に基づいて弁護士会がなす処分であって、綱紀委員会での調査・議決は、懲戒委員会への審査請求の前提要件にとどまり、懲戒委員会の判断を拘束する効力を持つものではない。次に、懲戒委員会は、綱紀委員会と同様、弁護士会に置かれた機関であり、弁護士会内部において他の機関から独立しているだけでなく、その構成員には、弁護士のみならず、裁判官、検察官及び学識経験者をも加え、かつ被懲戒請求者に対して聴聞の権利を保障することとした上で、懲戒事由の存否などを審査し、これを認められるか否かまで審査し議決するものであり、綱紀委員会の議決とは、独立し、かつ高度の心証に至るまで審査するものである。したがって、綱紀委員会の議決は、懲戒権を有する弁護士会の内部の中間的な決定であり、その調査・議決は、弁護士会における一連の懲戒制度の一部をなすものの、懲戒請求権の濫用による弊害を防止するためにする懲戒権行使の予備的なものにすぎない。

(六) また、弁護士法によれば、前記のとおり、懲戒処分の効力を争う場合については、日弁連の審査請求を経て、その裁決の取消訴訟を東京高等裁判所に提起すべきものと定められているものの、その他に懲戒手続の個々の行為を対象として出訴を認めた規定がないことなどからすると、綱紀委員会の議決そのものの取消を求めて出訴をすることは許されないと解するのが相当である。

(七) 一方、綱紀委員会の議決がされると、登録換及び登録取消の請求を制限されることになるところ、これは懲戒手続に付された弁護士が登録を換えたり、登録を取消すことによって懲戒を免れることを防止し、懲戒制度の実効性を確保するためにやむを得ない一時的措置として定められたことであって、弁護士法が懲戒手続に特に認めた付随的効果にすぎず、懲戒処分自体の効果として発生する権利制限ではない。そして、これにより被る不利益は重大かつ実質的なものとはいえない。また、綱紀委員会の議決は、被懲戒者の弁護士たる資格や身分に影響を及ぼさず、弁護士活動に何らの制限を加えられるものでもない。

(八) 以上のとおり、弁護士会は、そもそも自主的・自律的な団体である上、弁護士法に基づく懲戒手続に関しての高度の自治権が保障されていること、その手続中での綱紀委員会の調査・議決は、懲戒委員会の審査の前提要件であるにとどまり、懲戒権行使のための予備的行為にすぎないこと、綱紀委員会の議決そのもの効力を独立して争うことは許されないと解されること、及び綱紀委員会の議決による被懲戒者に対する不利益も格別考慮すべきものでないことが明らかである。したがって、弁護士法の趣旨として、綱紀委員会の調査・議決は、弁護士会の純然たる内部問題であって、懲戒権につき高度の自治権を保障されている自律的団体である弁護士会の自治的判断が尊重されることを求め、会員弁護士に右限度での受忍を求めるとともに、その審査段階における司法審査の対象とするのを差し控えることも要請しているものと解するのが相当である。

(九) そして、原告の被告綱紀委員会委員に対する訴えは、本件委員会の調査・議決に関与したことについての不法行為に基づく損害賠償を求めるものであって、綱紀委員会での議決の効力自体とは別の具体的な権利義務ないし法律関係に関する紛争の形式に拠っているため、本件議決の有効性はその前提問題にとどまるところである。しかし、本件委員会での調査・議決自体については司法審査を差し控えるべきところ、本訴の争点が本件委員会の調査・議決の適否であるから、前提問題であるとしても、右調査・議決を司法審査の対象することは差し控えるべきところである。したがって、不法行為に基づく損害賠償請求ではあっても、司法判断に適しない本件委員会の調査・議決をその前提問題とし、争点とする以上、結局は、紛争の実態が司法判断による終局的な解決に寄与し得ない部分を含むことになり、本件訴訟は、法律上の争訟性を有しないものであるといわなければならない。

そうすると、原告の被告綱紀委員会委員に対する本件訴訟は、法律上の争訟性を有せず、いずれも訴訟要件を欠き不適法である。

(一〇) なお、原告は、綱紀委員会の議決についての憲法違反が問題とされる事案では裁判を受ける権利が保障されなければならないと主張するけれども、弁護士自治の制度も国民一般の裁判を受ける権利を実質的に保障するための制度であって、憲法上の要請に応えるものである上、懲戒手続の進展状況によっては、司法的救済を求め得ることが保障されているので、懲戒手続の当初の段階にあって、選別的機能にとどまる綱紀委員会の議決については、裁判を受ける権利についての憲法上の保障が及ばないと解することには合理性があると解される。したがって、原告の右主張は採用できない。

また、原告は、懲戒委員会が綱紀委員会の手続的違法につき審理しないので、綱紀委員会の手続的違法を独立に判断する必要がある旨主張するけれども、懲戒処分の結果に影響を及ぼす手続的瑕疵については、懲戒処分の効力を争うべき訴訟において主張する余地が残されていると解され、原告の右主張に左袒できない。

2  被告弁護士会長らに対する訴えについて

原告の被告弁護士会長らに対する訴えは、被告坂本が本件記載による指示をしたことに関し、被告川中も右指示を調査・是正しなかったことにつき、各不法行為の成立を主張し、これに基づく損害賠償を求めるものである。

ところで、原告主張の被告弁護士会長らの右行為は、原告に対する懲戒手続に関連するものではあるが、弁護士会の自律権に直接触れる問題といえず、また、右各行為の審理が、原告の懲戒事由の存否に関わるものでもないので、紛争の成熟性を欠いているということもできない。したがって、右訴えには、前記自律権の故に法律上の争訟性を有しないとはいえず、また、右紛争の未成熟性の故に訴えの利益がないということもできず、結局、被告弁護士会長らのこれに関する前記主張は採用できない。

3  被告弁護士会に対する訴えについて

原告の被告弁護士会に対する訴えは、前記被告綱紀委員会委員及び被告弁護士会長らの行為につき、不法行為に基づく損害賠償を求めるものであるところ、前記判示のとおり、そのうち、被告綱紀委員会委員の行為を前提とする部分は、被告綱紀委員会委員に対する訴えが争訟性を有しないので不適法であるけれども、被告弁護士会長らの行為を前提とする部分は、適法である。

4  被告懲戒請求人らに対する訴えについて

原告の被告懲戒請求人らに対する訴えは、本件懲戒請求が別件訴訟を有利に進めるため虚偽の事実に基づいてなされたとして、不法行為に基づく損害賠償を求めるものである。

そこで検討するに、懲戒請求の違法性を主張して、不法行為に基づく損害賠償を求める訴えが、法律上の争訟性を有することは明らかであるものの、右訴えの主たる争点は、本件懲戒請求が虚偽の事実に基づいているか否かの点、すなわち、懲戒事由の存否にある。ところで、本件懲戒事件については、懲戒委員会で審査中であるから、仮に裁判所が右訴えにつき審理をすることになると、懲戒委員会の審査と重複することになる。しかし、弁護士に対する懲戒については、弁護士法に基づき、弁護士会及び日弁連にのみ権限が帰属し、弁護士会に第一次的な判断権が属するところである。そうすると、裁判所が現段階で懲戒事由の存否を審理することは、被告弁護士会の懲戒権行使についての判断権を侵害し、ひいては、弁護士自治の理念をないがしろにする結果を招くことになるおそれがある。加うるに、本件懲戒事件では、本件委員会の議決がなされたにとどまり、これによる原告の不利益には格別のものがあるとは認め難いところである。したがって、現時点で右不法行為の成否につき審理する必要性があるとはいえず、懲戒処分の成否が現出するまでの間において、原告の名誉などの利益に回復できない重大な損害を被らせる事情の存在についても到底想定し得ないところである。

以上によれば、懲戒事由存否の判断は、まずは、被告弁護士会及び懲戒委員会の自律的措置に委ねるのが相当であって、被告懲戒請求人らに対する右訴えは、紛争の成熟性を欠いているというほかはない。

したがって、右訴えは、請求の第二項のみならず、同第一項についても、訴えの利益を欠き不適法である。

二  被告弁護士会長ら及び被告弁護士会による不法行為の成否

1  被告弁護士会長らによる不法行為の成否

被告坂本による本件記載は、弁護士法六四条所定の除斥期間三年の定めがある(第一事由の除斥期間は、訴訟の委任状作成日の平成三年九月二七日から起算すると、平成六年九月二七日が満了日となる。)ため、これに留意すべきことを理事者らに伝達する意図の下になされ、その趣旨及び主眼が本件委員会でなされる決議内容についての指示ないし要望を記載したことになく、単に外形的処理態様における留意点をメモ的記載としてなしたことにあることは明らかであり、右程度の記載をもって本件委員会への干渉をなしたものと解することは文理上の相当性がない。そして、本件懲戒請求についての懲戒委員会への審査請求をするか否かの判断が遅延することにより懲戒請求の趣旨を没却することがあっては、かえって被告弁護士会の責任が問われることもあり得るところであるから、弁護士会長の職責において許容される限度内にあると解される。そうすると、本件記載は、被告坂本が、弁護士会長として、理事者間など事務局内部において調査請求手続ないし審査請求手続に遺漏なきよう指示したにとどまり、何らの違法事由も見出し得ないところである。そして、被告坂本の本件記載に違法事由がない以上、被告川中がこれを補正するための措置をとるべき理由もない。したがって、原告が被告弁護士会長らによる不法行為の成立を主張する点は、独自の見解によるものと評するほかなく、違法性を認定し得ないところである。

なお、綱紀委員会は、弁護士会の内部機関ではあるものの、他の機関と独立し、その議決を経てなされる弁護士会による懲戒委員会への審査請求は、綱紀委員会の議決に拘束され、弁護士会長もその調査・議決に関しては、権限を有しないものである。したがって、被告弁護士会長らの行為が、綱紀委員会の調査・議決に影響を及ぼしうるとは通常いえず、それを肯定するためにはその具体的事実の主張が必要であるところ、原告は、共謀などの抽象的事実の主張をするのみで、具体的事実の主張をしていないので、原告主張の被告弁護士会長らの行為と本件議決ひいては本件懲戒事件への応答による原告の損害との間の因果関係を推認することも到底できないというべきである。

2  被告弁護士会の損害賠償責任の有無

被告弁護士会は、懲戒権の行使及び弁護士に対する指導監督につき、国家賠償法上「公共団体」と解されるところ、被告弁護士会長らが故意又は過失により違法行為に及んだときは、損害賠償責任を負うことになるけれども、前記判示のとおり、被告弁護士会長らには原告主張の違法事由が存するとはいえないので、原告の被告弁護士会に対する請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三  前記争点2(二)の共同不法行為責任については、前記判示のとおり、被告弁護士会長らの本件記載に関連する本訴請求部分が失当であり、被告弁護士会を除くその余の被告らに対する請求部分は、いずれもその個々の行為についての訴訟要件を欠くものであるから、原告主張の共同不法行為に基づく被告らの損害賠償責任を問う本件請求部分も、被告弁護士会に対する本件請求部分も含めて、右各結論に応じ、棄却ないし却下すべきものであると解する。

四  結論

1  以上のとおり、原告の本件請求のうち、被告崎間、被告川瀬、被告岡田美保子、被告桑嶋一、被告古家野泰也、被告坂田均、被告佐賀千惠美、被告柴田定治、被告髙木清、被告田中彰寿、被告中村和雄、被告彦惣弘、被告渡辺馨、被告河本、被告吉田、被告大谷、被告中島、被告としえ、被告庄一、被告美代子に対する訴えは、いずれも不適法であるから、これらをいずれも却下する。

2  また、被告坂本及び被告川中に対する請求は、いずれも理由がないから、これらをいずれも棄却する。

3  そして、原告の被告弁護士会に対する本件請求は、前記1の被告らに対する請求にかかる不法行為を前提とする部分について、その訴えをいずれも却下し、前記2の被告らに対する請求にかかる不法行為を前提とする部分について、その請求をいずれも棄却する。

(裁判長裁判官伊東正彦 裁判官齋木稔久 裁判官河合芳光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例